<研究背景>
我々はいろいろな有機物質に囲まれて生活しています。医薬品、合成繊維、プラスチック。これらの物質の性質は有機分子の構造と密接な関係があります。また、目的とする性質を発現させるためには、構造をコントロールしながら分子を組み立てる必要があります。現在の化学では、物質の構造からその性質をある程度予測することが可能であり、構造をコントロールしながら、物質を組み立てることができるようになってきています。この背景には有機反応が詳細に解明され、原子団の電子的な性質や、立体的な性質が理解されるようになってきたからです。当研究室では、有機反応がどのようにして起こるのか、反応途中に生成する反応途中に生成する不安定中間体がどのような振舞をし、生成物を生成するのかについて、いくつかの方法を用い研究しています。
<研究>
研究1、研究1、ソルボリシス中に生成するイオン対中間体の挙動に関する研究
脱離基のイオン開裂により反応が進行する一分子求核置換反応(SN1)では炭素陽イオン中間体を経由して反応が進行します。一般的な教科書ではこの炭素陽イオン中間体は非常に不安定で、生成すると速やかに生成物に進行すると説明されています。最近の研究では、脱離基が切れた瞬間は、炭素陽イオンと脱離した陰イオンが相互作用している、いわゆる「イオン対」と呼ばれる状態が存在し、この「イオン対」がいくつかの反応を起こしながら、全体の反応が進行するものと考えられています。したがって、このイオン対の挙動を明らかにすることは、SN1反応の本質を明らかにする重要なものです。原系ベンゾアート内の18O-スクランブリングや基質のラセミ化を追跡することにより、イオン対の挙動に関する情報が得られます。
研究2、有機物の構造と反応性の関係
有機物の構造と反応異性の間には密接な関係があります。下の図は1-t-Butylbenzyl Tosylatesという化合物のベンゼン環上の置換機を変え、その置換基変化が加水分解速度におよぼす効果について検討したものです。この反応では、置換機をp-MeOからp-NO2に変化させることにより、反応速度はおよそ109倍変化します。これは、p-MeO体が1秒で反応が終わるとき、同じ条件でp-NO2の反応が終わるのには32年の時間が必要であることを意味しています。このようなデーターは、たとえば、「早く効く薬を作るためにはどのような構造にすれば良いか?」などを考えるときに使われます。
研究3、多核NMRを用いた金属イオンの溶存状態の研究
金属イオンを水に溶かすと、回りの環境(どのような物質が、どのくらいの濃度で存在するか?)により、その金属イオンの状態が変化します。核磁気共鳴という現象を用いると、金属イオンの状態を議論することができます。いくつかの金属イオンについて、どのような条件でその金属イオンがどのような状態で水溶液の中で存在するのか、核磁気共鳴を使って研究しています。
塩基性条件でのホウ素(11B)の核磁気共鳴
<最近の研究業績>
学術論文
2005年(平成17年)
・ REACTION OF ION-PAIR INTERMEDIATES OF SOLVOLYSIS
Yutaka Tsuji and John P. Richard
The Chemical Record, Vol. 5, 94-106 (2005).
・ 高等専門学校生物応用化学科における導入教育科目「創造化学実験」の開講と改善
津田 祐輔、中嶌 裕之、辻 豊、渡邊 勝宏、大岡 久子
工学教育、Vol. 53, no. 6, 58-62 (2005).
2004年(平成16年)
・ SCRAMBLING OF OXGEN-18 DURING THE "BORDERLINE" SOLVOLYSIS OF 1-(3-NITROPHENYL)ETHYL TOSYLATE
Yutaka Tsuji, Maria M. Toteva, and John P. Richard
Organic Letters, Vol. 6, 3633-3636 (2004).
・ DYNAMICS FOR THE REACTIONS OF ION PAIR INTERMEDIATES OF SOLVOLYSIS
John P. Richard, Tina L. Amyes, Maria Toteva and Yutaka Tsuji
Advances in Physical Organic Chemistry, Vol. 39, 1-26 (2004).
2003年(平成15年)
・ DYNAMICS FOR REACTION OF AN ION PAIR IN AQUEOUS SOLUTION: RACEMIZATION OF THE CHIRAL ION PAIR INTERMEDIATE OF SOLVOLYSIS OF (S)-1-(4-METHYLPHENYL)ETHYL PENTAFLUOROBENZOATE
Yutaka Tsuji, Tetsuo Mori, Maria M. Toteva, and John P. Richard
Journal of Physical Organic Chemistry, Vol. 16, 484-490 (2003).
・ KINETIC AND THERMODYNAMIC BARRIERS TO CARBON AND OXYGEN ALKYLATION OF PHENOL AND PHENOXIDE ION BY THE 1-(4-METHOXYPHENYL)ETHYL CARBOCATION
Yutaka Tsuji, Maria M. Toteva, Heather A. Garth and John P. Richard
Journal of the American Chemical Society, Vol. 125, 15455-15465 (2003).
2001年(平成13年)
・ DYNAMICS FOR REACTION OF AN ION PAIR IN AQUEOUS SOLUTION: REACTIVITY OF CARBOXYLATE ANIONS IN BIMOLECULAR CARBOCATION-NUCLEOPHILE ADDITION AND UNIMOLECULAR ION PAIR COLLAPSE
Yutaka Tsuji, Tetsuo Mori, John P. Richard, Tina L. Amyes, Mizue Fujio, and Yuho Tsuno
Organic Letters, Vol. 3, 1237-1240 (2001).
2000年(平成12年)
・ HOW DOES STRUCTURE DETERMINE ORGANIC REACTIVITY? PARTITIONING OF CARBOCATIONS BETWEEN ADDITION OF NUCLEOPHILES AND DEPROTONATION
John P. Richard, Tina L. Amyes, Shorong-Shi Lin, AnnMarie O'Donogue, Maria M. Toteva, Yutaka Tsuji and Kathleen B. Williams
Advances in Physical Organic Chemistry, Vol. 35, 67-116 (2000).
・ DYNAMICS FOR REACTION OF AN ION PAIR IN AQUEOUS SOLUTION: THE RATE CONSTANT FOR ION PAIR REORGANIZATION
John P. Richard and Yutaka Tsuji
Journal of the American Chemical Society, Vol. 122, 3963-3964 (2000).